「冷やす」インフラが熱い!—ベトナム・コールドチェーン市場の急成長と日系企業の好機—

ベトナム冷凍物流、急成長の舞台裏
近年、ベトナムのコールドチェーン市場は急速な成長を遂げている。特に2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により消費者の食品への安全意識が高まり、近年の食品輸出の拡大や、経済発展に伴うベトナム国民のライフスタイルの変化によって冷凍・冷蔵食品の需要が増加している。また、医薬品・ワクチン輸送の増加やホテル・外食産業の回復もコールドチェーンの市場規模が急激に拡大した要因である。ベトナム商工省の報告書によれば、2020年から2022年のわずか3年間で、ベトナム国内の冷凍・冷蔵倉庫容量は約25%増加した。また、MUFGの調査データによると、ベトナムのコールドチェーンの市場規模は2019年の約1億6,900万ドルから2025年には約2億9,500万ドルへと成長が予測されており、今後も年平均12%の高成長が見込まれている。
但し、この市場の急成長はごく最近の現象であり、ベトナムでは1990年代半ばまで商業用の冷蔵倉庫そのものがほとんど存在しなかった。現在でも、全国の冷凍倉庫容量は約100万パレットにとどまり、需要の急増に対して供給が追いついていないのが実情である。なお比較として、日本の冷蔵倉庫総容量は、日本冷蔵倉庫協会のデータによるとおよそ2,600万パレット相当であり、ベトナムの約26倍に相当する。
食と医薬がけん引する“冷やす”需要の多様化
ベトナムのコールドチェーン市場の成長を牽引する要因として、「食品輸出の急増」「国内消費の高度化」「新たな温度管理ニーズ」の3つが挙げられる。
食品輸出では、ベトナム水産物輸出業者協会(VASEP)によれば、2024年の水産物輸出額は前年から13%増の100億ドルを突破した。エビ、パンガシウス(東南アジア原産のナマズの一種)、マグロなどが主力品目であり、これらはすべて産地から冷凍状態で輸送される。農産品では果物や野菜の輸出も伸長しており、商工省によると青果物の輸出額は72億ドルに達した。これらは中国や米国、EUといった食品の安全性・品質管理に関する基準が厳しい市場向けであり、保管・輸送の温度管理は極めて重要となる。
国内消費では、コロナ禍でEコマース利用が拡大し、特に都市部で食品宅配が日常化した。加えて、近年の都市部を中心とした電子レンジの普及拡大が、冷凍食品の利便性を高め、需要拡大を後押ししている。実際、ベトナムの電子レンジ普及率は地方で34%、都市部でも64%であり、総務省統計局のデータによる日本の97.5%(2009年時点)と比較してまだ低いが、近年、急速に普及しており、今後の伸び代も大きいとされる。こうした背景から、冷凍食品の消費は拡大傾向にあり、それに伴い配送スピードや鮮度保持の重要性が高まっている。このようなニーズに応えるため、冷蔵ボックスを搭載したバイク便による即日配送が広がっており、GrabやLalamoveなどによるフードデリバリーサービスも成長を支えている。
さらに、医薬品・ワクチン輸送、化粧品・健康食品などの温度管理商品、観光業の回復によるホテル・外食需要の拡大、都市化による中間層の増加も新たな成長因子となっている。特にベトナム商工会議所(VCCI)によると、医薬品産業の市場規模は2019年で約65億ドルであり、今後も2桁成長が見込まれており、温度管理インフラの需要が高い。また、コロナ禍後の高級ホテルの増加や観光客の回復も、食材調達の冷蔵物流を促進している。
成長の陰に潜むインフラの空白地帯
急拡大する市場に対し物流インフラ・制度面での課題も顕在化している。これまでベトナムのコールドチェーン整備は主に輸出向け水産加工品が中心であり、国内消費向けの低温物流基盤は十分に整備されていないという報告がいくつかある。冷凍・冷蔵倉庫の立地も南部ホーチミン周辺に集中しており、北部・中部は供給不足である。
また、ベトナムのコールドチェーン事業者は多数の小規模な企業に分散しており、独立系事業者が厳格な品質管理基準を順守できないケースが多い。温度管理装置やトレーサビリティの導入が遅れているため、保管・輸送中の品質低下や食品ロスが発生しやすい。こうした非効率が物流コストを増大させている。今後は、都市部以外のインフラ整備や品質管理体制、物流の効率化の向上が必要である。
日本企業の出番:信頼と技術で切り拓く市場戦略
ベトナムのコールドチェーン市場では、外資系企業の存在が大きく、早期から積極的に進出している。例として、アメリカのLineage Logistics、中国のSWIRE Cold Chain Logistics(華潤集団傘下)、シンガポールのEmergent Cold、タイのSCG Logisticsなどが都市部や輸出拠点を中心に冷蔵倉庫の建設や高度な低温物流サービスを展開している。なかでも日系企業は品質管理や物流効率に強みを持ち、先行して多様な取り組みを進めている。たとえば、佐川急便のベトナム現地法人SG佐川ベトナムは、名糖運輸傘下のメイトウベトナムと提携し、南部ホーチミンから中部ダナン経由で北部ハノイへ至る「南北コールド混載輸送サービス」を開始した。常温貨物と冷凍・冷蔵貨物を同一車両で混載運送し、物流コスト低減と迅速輸送を両立させる取り組みである。
また、日本通運ベトナムはホーチミン近郊のアマタ工業団地に、冷凍・冷蔵・定温の複合温度管理が可能な最新設備を備えた倉庫を整備し、保税倉庫や一般倉庫と併せて、食品原料から完成品まで対応できる体制を整えている。商社系でも双日や国分(KOKUBU)・双日グループは、大手ベトナム物流会社New Land社と合弁し、既存の約3倍規模の冷蔵・冷凍倉庫を新設し、食品流通の低温インフラを強化する計画を進めている。
一方、ローカル企業の参入は依然として小規模事業者が中心であり、設備の老朽化や温度管理技術の不足など、品質面での課題を抱えているが、ここ数年でようやく活発化してきた。代表例として名糖運輸が、2014年に地場企業と合弁会社(後に単独化)を設立し、ビンズン省に冷凍・冷蔵倉庫を開設している。当初9,000パレットだった容量は、需要拡大を受けて2万6,000パレットに倍増した。
ベトナム商工省によれば、これまで低温倉庫事業への参入に消極的であった地場企業が、近年は積極的に取り組み始めており、中には低価格で受注する事例も見られる。今後は価格競争の激化が予想される。実際、日系を含む外資系企業だけでなく地元企業も次々に冷蔵倉庫を建設しており、供給過剰地域も出始めている。
ベトナムのコールドチェーン市場は成長余地が大きい一方、物流コストや品質管理が課題となっている。日本企業には技術支援やパートナーシップ強化、小口配送や品質管理技術など支援が求められる。ベトナム政府も物流インフラ整備やサプライチェーン効率化を国家戦略に掲げており、日越間の連携強化は双方にとって好機である。
2026年9月