新たな拠点として期待されるタイのプリント基板産業

プリント基板(PCB)の生産拠点として、真っ先にタイを思い浮かべる方は多くはないと思われる。タイには以前からプリント基板の生産拠点が存在しているが、その存在はあまり目立っていなかった。しかし、近年はプリント基板の生産拠点として注目されようになった。
プリント基板は、スマートエレクトロニクス、電気自動車、医療機器、自動化機械、デジタル機器など様々な産業で使用される電子機器の主要部品の1つである。プリント基板の主要生産拠点は台湾と中国であり、世界の生産量の3分の2程度を占めている。しかし最近は世界の地政学的な圧力により、大規模な生産拠点移転の動きが続いており、台湾や中国のメーカーが生産拠点をタイに移転する動きが活発になっている。
大手メーカーが占めているタイのプリント基板市場
現在、タイのプリント基板産業には合計26社のメーカーが参入しており、大手メーカーと中小企業に大別される。
大手メーカーは16社 であり、そのほとんどが世界有数の電子製品メーカーである。特に中国、日本、台湾などのアジア諸国の企業が多い。これらの企業は、高度な技術と資本を持ち、OEM(Original Equipment Manufacturing)として生産され、顧客の仕様に従って大量の商品を短い納期で生産している。
一方、中小企業は10 社であり、主に下請け業者として運営している。これらの中小企業は技術力が限られており、社内研究開発を支える資金も不足している。タイのプリント基板業界では大手メーカーの収益が業界の大半(2023年は98.9%)を占めている。
輸出向けの生産が中心
タイのプリント基板市場は、大手メーカーによる輸出向けの生産が中心となっている。タイは世界有数のプリント基板輸出国の一つであり、2023年のプリント基板輸出額は世界で8位、ASEANで3位となり、世界の総プリント基板の輸出額の約2.5%を占めている。なお、2022~2023年のプリント基板輸出額のシェア1位は中国(16.2%) であり、次に米国 (13.2%) 、日本(12.5%)、ベトナム(10.1%)が続いている。
タイ工業省工業経済事務局(OIE)によると、2024年1~6月におけるタイのプリント基板生産量は1 億6,100万個で、前年比で13.2% 減少した。生産量の約8割が輸出向けのため、この生産量の減少は、輸出量の減少となる。輸出量の減少の要因は、主に世界の景気減速によるもので、特に主要貿易相手国の経済が減速したためである。
この数年のタイのプリント基板業界の傾向としては、米中貿易戦争の影響で中国に生産拠点を持つメーカーがタイに生産拠点を移転する動きが続いており、今後タイのプリント基板業界は好調に推移すると期待されている。
投資が増えてきている
タイ投資委員会(BOI)は、2023年以降、プリント基板業界への投資が急速に増加しており、2023年1月から2024年9月までのプロジェクト数は95件で、総額は1,620億バーツに達すると発表した。これは、2021~2022年のプリント基板業界への年間平均投資申請額が150億バーツだったことと比較して大幅な増加を示している。これらの投資の大部分は、中国、台湾、日本、シンガポール、香港からの投資である。
主な生産拠点を台湾や中国に置く企業は、生産能力を拡大し、国外に新たな生産拠点を確保したいという目的から、タイへの投資を増加させている。タイは、電力供給の安定性、整備されたインフラ、そして豊富な労働力といった要素により、新たな生産拠点として注目されている。台湾のプリント基板メーカー上位20社のうち、WUS PCB、APEX、Dynamic Electronics、Gold Circuit、APCBなど10社が新たにタイへの投資を決定している。
また、Mektec(日本)、Fujikura (日本)、Hansol(韓国)、Delta Electronics(台湾)、Cal-comp Electronics(台湾)、KCE (タイ) など、すでにタイに生産拠点を置いている既存メーカーによる継続的な投資拡大も行われている。フレキシブル基板の製造を専門とする日系企業NOK社のタイ現地法人であるMektec Manufacturing社も、プリント基板の生産に9億2,000万バーツを投資している。
政府からの投資支援対策
近年、プリント基板業界への投資が増えてきていることから、タイ政府はプリント基板のハブを目指し、プリント基板業界への支援策を強化している。2024年には投資委員会(BOI)がPCBサプライチェーンにおける重要な支援事業を対象とするため、プリント基板の製造に関連する事業を投資奨励対象業種に追加すると発表した。
投資奨励対象は、①プリント基板製造の支援事業、②プリント基板製造用の主要原材料の製造事業、③プリント基板製造用のその他の原材料および必要資材の製造事業である。
①プリント基板製造の支援事業とは、ラミネーション、ドリリング、メッキ、ルーティングなどである。
②プリント基板製造用の主要原材料の製造事業とは、銅張積層板(CCL)、フレキシブル CCL(FCCL)、プリプレグなどである。
③プリント基板製造用のその他の原材料および必要資材の製造事業とは、ドライフィルム、転写フィルム、バック アップボードなどである。これらの事業では、機械の輸入税の免除、輸出向け製造用の原材料の輸入税の免除、 最長8年間法人所得税の免除の恩典が付与される。
将来の見込み
タイのプリント基板市場は、2025 年におよそ 2,700 億バーツに達すると予測されている。また、2025年から2027年にかけて、国内のプリント基板生産量は、海外からの直接投資による生産能力の拡大により、年平均2.0~3.0%増加すると予想されている。
タイ国内のプリント基板の売上は、年平均1.0~2.0%と緩やかに拡大すると見込まれているが、輸出は年平均3.0~4.0%増加すると予想されている。輸出増加の主な要因としては、電気自動車用プリント基板の需要拡大、パソコンやスマートフォンが買い替えサイクルに入ることなどが挙げられる。
海外からの投資は、多額の資金を生み出すだけでなく、エレクトロニクスや最新の機械に関する人材の雇用と育成が創出されることも期待されている。
2026年9月