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"カカオショック”から見るサプライチェーンの多様化と分散の重要性


 ここ最近、チョコレートの価格がじわじわと上がってきている。スーパーでの特売が減り、以前より内容量が少ない気がする、そういった小さな違和感を覚えている人も少なくないだろう。実は今、私たちが日常的に口にするチョコレートに“異常事態”が起きている。2024年、カカオの価格が史上最高値を記録し世界中の製菓業界が混乱に陥った。その背景にあるのは気候変動による生産地の異常気象と、農業構造の限界である。

 嗜好品であるチョコレートは、必需品ではない。しかしそのぶん、価格高騰や供給不安の影響を受け易い。そのチョコレートが「贅沢品」になる未来はそう遠くないのかもしれない。

西アフリカのカカオ危機:“世界のチョコ”を支える生産地で何が起きているのか

 チョコレートの原料となるカカオ豆の主要生産地は、西アフリカに集中している。国際連合食糧農業機関(FAO)のデータによると、中でもコートジボワールとガーナは、世界のカカオ生産量の5割以上を占める。しかし、2023年以降、この地域でのカカオ生産が深刻な危機に見舞われている。FAOによると、2004年以降大幅な伸びを見せていた生産量は2022年度に1,100万トンを記録したが、2024年度には445万トンとなっており、約60%減少した。ジェトロは、国際カカオ価格について、2023年10月に1トン当たり約3,400ドルで推移していたが、2024年に入って2倍超に急騰し、過去最高値を更新し続け2024年3月には1トンあたり1万ドルを突破したと報じた。

 これらの背景にあるのは、現地で広がっているカカオの成長と収量に影響を及ぼす「スウォーレンシュートウイルス」や、カカオの木の真菌性疾患で収量損失をもたらす「ブラックポッド病」、加えて異常高温や干ばつといった気候変動の影響が主な要因である。

 さらに、構造的な課題も無視できない。農家の高齢化、児童労働問題、森林伐採といった持続不可能な農業慣行が、すでに限界に近付いている。収入が上がらなければ若者は農業を継がない。結果として、世界中が依存する“安価なカカオ供給モデル”は崩壊につながる可能性がある。

持続可能な“カカオの未来”を目指す動き

 この供給不安に直面し、世界の食品メーカーは調達構造の見直しを進めている。「キットカット」で有名なネスレ社は、ガーナ・コートジボワールにおいて、カカオ生産者に対し適正価格の保証を行い、生産者世帯の生活所得格差の解消、および児童労働リスクの削減を支援している。さらに、カカオの生産管理プログラムを導入し、農家ごとの生産情報をトレーサブルに可視化。病害への早期対応、適正価格の保証、農家教育を組み合わせることで、持続可能な生産体制を築こうとしている。

 また、「スニッカーズ」で有名なマース社は、「何世代にもわたるカカオ(Cocoa for Generations)」戦略のもと、2025年までにすべてのカカオを適正なサプライヤーから調達する方針を明示した。世界的な認証制度であるレインフォレスト・アライアンスやフェアトレード認証の取得も広がっている。

 日本企業も例外ではない。明治ホールディングスは2006年から「明治カカオ・サポート」を実施し、現地での苗木配布、病害対策、適正価格での買取、農家支援を行っている。日清オイリオグループ本社や不二製油も、トレーサビリティのある原料の調達や認証カカオの使用を拡大している。日本企業は比較的早い段階から西アフリカとのパートナーシップ構築に取り組み、品質と倫理の両立を図ってきた。

 

“カカオなし”でも美味しく:代替フードが切り拓くチョコレートの未来

 一方で、カカオに依存しない「脱カカオ」の動きも始まっている。たとえば、不二製油は、エンドウ豆、キャロブ(イナゴマメ)などを使ったカカオ不使用のチョコレート「アノザM」を開発。発酵と焙煎によってチョコレートのような香りと味を再現し、実際に市販商品として販売している。

 また、機能性食品として「代替カカオ」素材を用いたプロダクトも登場している。カカオの香気成分を科学的に再現した合成フレーバーや、昆虫由来のプロテインをベースにした高栄養スナックなど、従来の原材料に頼らない形で“チョコレート体験”を提供するブランドが少しずつ増えている。

 こうした代替商品は、原材料の安定性・サステナビリティ・倫理性の観点からも注目を集めている。消費者の関心が「ストーリー」「環境」「未来志向」に移りつつある今、新たな選択肢として十分なポテンシャルを持つだろう。

“カカオショック”を越えて:未来に向けた経営戦略

 この”カカオショック”は、単なる一つの農作物の問題ではない。気候変動や地政学的な不安定性が、グローバルな供給網の脆弱さをあぶり出した象徴的な事例である。そしてこの構造は、食品に限らず、多くの産業に共通して潜むリスクでもある。

 たとえば、電気自動車に不可欠なリチウムやコバルトといったレアメタル、エネルギー転換期における天然ガスや石炭、さらには半導体の前工程素材に至るまで、重要な資源や原料のサプライチェーンが特定の国や地域に偏在している現状は、いずれの業界にとっても無視できない。“どこでつくられ、どう届けられるのか”という問いは、もはや調達部門だけの問題ではなく、企業の中核戦略と直結している。

 そうした視点に立つと、今回のカカオショックは、サプライチェーンの分散や冗長化、多様性の重要性を再確認させる格好の事例といえる。特に、特定の環境条件や限られた地域に依存する生産モデルにおいては、外的ショックに強い構造転換が求められる。代替素材の開発、生産地の分散、透明性の高いトレーサビリティ構築などは、その具体的な打ち手といえるだろう。

 企業は今後、単に“価格”で原料を追い求めるのではなく、“持続可能性・柔軟性・倫理性”といった価値を併せて選び取る時代に入っていく。その際にサプライチェーンは最短経路ではなく、最適強度が要求されるだろう。

 

(2024年5月)

 

 

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