アメリカの農業におけるAIの導入

日本の農業における問題
昨今、我が国の農業において、農業従事者の高齢化と農家を継ぐ若者の減少による人手不足問題が顕在化している。農林水産省の統計では、2020年の農業従事者の平均年齢は67.8歳であった。このような問題は日本に限らず世界でも同様に課題視されており、近年では「スマート農業」や「精密農業」といった解決策が提示されている。
「精密農業」は、データを活用することで作業・コスト・資材効率を向上させ、収量の最大化を目指す営農技術である。「スマート農業」とは、データの活用に加え、ロボット技術やICTを活用して農機の自動化などを行うことで営農を支援し、農作業の省力化・高品質生産に貢献するものを指す。なお、こういったデータの分析・活用にはAI技術が活用されており、近年はAI技術の進歩に伴い、主にアメリカやオランダを中心として「スマート農業」や「精密農業」の普及が拡大している。例えば、アメリカでは、農業部門の企業のうち、87%(2021年時点)がAI技術を導入している。その一方で、欧米地域に比べると日本でのスマート農業の普及率は低く、農林水産省が公表している調査では、農業にデータを活用している農業経営体は2022年時点で23.3%であった。なお、日本においても農業におけるデータ活用の取り組みは以前から行われていたものの、技術やツールの精度が低く、普及には至らなかったが、近年のAI技術の急激な発展によるデータ分析精度の向上などにより再び注目されつつある。
農業とAI
全産業でAI技術が導入される中、農業部門においても多様な場面でAIが活用されている。例えば、収穫作業の自動化やAI予測による出荷量の調整、水・農薬・肥料散布量の調整、熟練技術の継承、ゲノム解析などの場面で導入が進んでいる。
昨今の農業部門の課題を解決するためには、異なる特性を持つ農場に対して各農場の状態に合わせたきめ細やかな管理を可能とする精密農業の実践が求められており、そのうえで基本となるのが「可変作業技術(≒Variable Rate Technology 以下、VRT)」である。
VRTとは、農地の状況に応じて水分や肥料、農薬の投入量を管理・調整する技術のことを指す。同技術は、収集されたデータに基づき、必要なエリアに適量の水分・肥料・農薬等を投入することができるため、生産効率を向上させながら、収穫量を最大化することができる。また、VRTは、作物の健康状態や成長パターンを分析することで、最適な栽培計画を立案してくれ、これにより、農業従事者は作物の土壌組成や作物が成長しやすいエリアの温度などをモニタリングすることができる。
アメリカにおけるVRT
このVRT等のようにAIによるデータ分析を活用する精密農業は、アメリカで急速に普及が拡大している。
アメリカでは、日本と同様に、農業従事者の高齢化や労働力不足が大きな課題となっており、これに対してAIの活用が進められている。米国農務省経済調査局によると、2021年の農業部門の企業の87%がAIを活用しており、VRTの普及状況は15%~40%程度(2016年時点)であった。米国農業は、AI技術の活用が普及している一方で、人手不足だけでなく、農作業コストの上昇や環境への悪影響といった課題も抱えており、こうした諸課題の解決策としてVRTを含む精密農業への期待が高まっている。
米国農務省農業研究局は、GPSやドローン等の技術とAIを組み合わせて農場を管理するアプローチを導入することで、生産性の向上やコスト削減を実現でき、さらに、環境への影響も最小限に抑えることができるとして同手法の導入を推進している。既に、米国の大規模な農場ではこういった技術の実践が進んでいる一方、小規模な農場での精密農業の導入は遅れているため、今後は、小規模農場などのこれまで精密農業を導入していなかった生産者による導入が期待されている。
精密農業におけるVRTの導入例として、GPS技術を活用したアプローチである「GPS誘導トラクターシステム」がある。同システムは、GPS技術を利用してトラクターを自動化し、耕作、植え付け、薬剤・肥料散布などの作業を正確に実現することで、投入資材の無駄を削減し、生産効率を高めることができるシステムである。このようにVRTを用いた精密農業は、小規模農場にとっては投資コストの懸念はあるものの、肥料・薬剤の過剰使用の削減などによる生産効率の向上を実現できるため、メリットの大きい技術である。
今後の日本の農業において
小規模農場の多い日本においても、VRTを用いた精密農業は高齢化や後継者の減少による人手不足対策の一つとして考えられる。日本とアメリカの農業では農地の敷地面積が大きく異なるが、アメリカで普及が進むVRTは、日本の農業においても十分に活用可能な手段であると考えられ、その導入による利点は大きい。日本政府も、農業データの利活用の推進をしていることから、日本の農業に「スマート農業」や「精密農業」を普及させることによる経済・環境的な効果は大きいと考えられ、今後はAI技術やVRTがより一層導入されることが見込まれる。そのため、農業部門の企業においては、これに対応したビジネスモデルの構築が必要となるだろう。
(2025年9月)
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