Column
各国情勢コラム

雨が読めないタイで、農業はどう変わる?

雨が読めない時代の到来

 タイの農業は長い間、雨季の安定した降雨に支えられてきた。しかし近年、その前提が揺らぎ始めている。ひび割れた田んぼと、水の届かない用水路。タイの農村では、そんな光景が広がりつつある。 

 英国放送協会(BBC)の2026年の報道によれば、アメリカ海洋大気庁(NOAA : National Oceanic and
Atmospheric Administration)は2026年6月、エルニーニョ現象の発生を発表した。その後も勢力は強まり、秋から冬にかけて非常に強い規模に達する可能性が指摘されている。タイでも高温や降雨不足が報告されており、農業への影響が懸念されている。 

 タイの公共放送Thai PBSは現在の状況を「2026年の大干ばつ」と表現している。国内の一部では気温が45℃を超え、高温の影響でGDP成長率は1.7%にとどまると予測されている。 

 2026年中頃の降雨量は長期平均を16%下回り、特に東部地域では平年比約35%減、南部東海岸沿いでは最大43%減少したと報告されている。こうした降雨不足は、タイの重要農産物であるコメの生産量にも影響を及ぼす可能性がある。 

 コメの生産減少は農業だけの問題ではない。輸出や食料供給にも影響し、経済全体の課題にもなり得る。だが、経済の視点からより重要なのは、干ばつそのものではなく、雨が読めなくなったことでタイ農業のあり方が変わり始めている点である。  

タイの水問題は「不足」だけの話ではない 

  気候変動への対応として重要になっているのが、水そのものを増やすことではなく、限られた水をどう効率的に使うかという視点である。 

 農業はタイの総水使用量の65%以上を占めるとされる。そのため、水資源をどう管理するかは農業競争力を左右する重要な課題である。 

 興味深いのは、タイの水問題が単純な「水不足」だけではないことだ。 

 タイ王立灌漑局中央土地整理事務所工学部門長によれば、ダムから放流される水のうち、農家に届くのは100単位当たり約30単位に過ぎないという。残りは配水過程で失われたり、既存の送水システムの制約によって十分活用されていなかったりする。 

 もしこの推定が実態に近いのであれば、課題は水資源そのものの不足というより、水管理の効率性にあると言える。タイ農業は今、「水を確保すること」から「水を最適に管理すること」へと発想の転換を迫られている。  

データが水の価値を変える 

  こうした課題への対応として、タイ王立灌漑局(RID : Royal Irrigation Department)も水管理のデジタル化を進めている。 

 RIDは「スマート・インテリジェント組織」への転換を掲げ、ビッグデータを活用した水情報システムやリアルタイム監視・予測システムを整備している。水位や降雨量、水流などの状況を把握し、より効率的な水管理を目指している。 

 また、IoTやリモートセンシングも活用されている。土壌水分センサーや衛星データを利用し、必要な場所へ必要な量の水を供給することで、水の損失を抑えながら限られた水資源を有効活用しようとしている。 

 RID は2026年9月に、「ONE RID」の一環として9つの重点政策と、90日以内に実施する「90 Day Quick Wins」を発表した。スマート水管理の実用化に向け、スマート・ウォーター・オペレーション・センター(SWOC: Smart Water Operation Center)の機能強化や、水情報を提供するモバイルアプリの整備などを進め、データを活用した予測・情報提供の高度化を目指している。 

 これらの取組の本質は単なるIT化ではない。水の流れを可視化し、限られた資源を最適に配分する仕組みづくりにある。 

スマート農業が新たな成長市場に 

 水管理の高度化は、農業そのもののデジタル化も後押ししている。 

 農業用ドローンは、農薬や肥料の散布だけでなく、農地や作物の状態確認にも利用されている。さらに、AIやビッグデータを活用した市場分析、作付計画、投資判断、水管理なども注目されている。 

 タイの農業ニュースサイト「Kasetsanjorn」によれば、農業分野ではAIとビッグデータによる分析・予測への関心が高まっている。従来は農家の経験や勘に依存していた意思決定を、データに基づいて行う動きである。 

 実際、低炭素型稲作プロジェクトには約5万戸の農家が参加し、対象面積は73万ライ(約11.7万ヘクタール)を超えている。ドローンの専門パイロットも500人以上のネットワークが形成されるなど、関連の取り組みは着実に広がっている。さらに、タイ政府も「スマート農家」の育成を進めており、スマート農業は実証段階から普及段階へ移りつつある。 

 気候変動は農業にとってリスクである一方、水管理やスマート農業という新たな市場を生み出す要因にもなっている。 

日本企業にも広がるビジネス機会

 気候変動によって拡大するのは農業リスクだけではない。水管理やスマート農業関連市場も拡大しつつあり、日本企業にとっても新たな事業機会となっている。 

 タイではデジタル経済推進庁(DEPA)が、IoTやSmart Farming、ドローンなどの導入を支援している。また、JICAと連携し、タイの有機農業の農場とデジタル技術企業を結び付け、スマートファームへの移行を支援する取り組みも進められている。 

 スマート農業への移行が進むことで、衛星測位、センシング技術、自動化農機、農業データ分析といった分野の需要拡大が期待されている。これらは日本企業が比較的強みを持つ領域でもある。 

 クボタは精密農業関連ソリューションやGNSS技術を、ヤンマーは「Smart Assist Remote(SA-R)」を、トプコンはGNSSやセンシング技術を活用したソリューションを展開している。 

 重要なのは個別企業の動向よりも、タイ農業の構造変化によって新たな市場が形成されつつある点だ。気候変動への対応が求められるほど、水管理やスマート農業関連技術の重要性は高まる可能性がある。  

「勘」から「データ」へ

 しかし、雨が読めない時代だからこそ、農業のあり方そのものは変わろうとしている。経験や勘に依存してきた農業は、データに基づいて判断する産業へと移行しつつある。 

 気候変動はタイ農業にとって脅威である。しかし同時に、水管理技術、IoT、AI、ドローン、精密農業といった新たな市場を生み出す契機でもある。 

 雨を制御することはできない。しかし、データを活用して水を制御することはできる。雨が読めない時代は、タイ農業が「勘」から「データ」へ変わる時代でもある。そしてその変化は、タイ農業の競争力向上だけでなく、新たなビジネス機会の創出にもつながっていくだろう。 

2026年10月

関連記事
TILOG–LOGISTIX 2026で見えた自動化の動き   タイの倉庫業界が徐々に成長する中、タイを代表する物流・イントラロジスティクス分野の展示...
 プリント基板(PCB)の生産拠点として、真っ先にタイを思い浮かべる方は多くはないと思われる。タイには以前からプリント基板の生産拠点が存在しているが、その存在は...
コーヒーや緑茶でも甘いタイの飲み物  タイでコーヒーや緑茶を飲むと、少し意外に感じるかもしれない。タイの飲み物はもともと砂糖が多く含まれており、甘い飲料が日常的...