待っていられない大気汚染問題:タイで悪化しているPM2.5問題と影響

タイでは、近年、微小粒子状物質(PM2.5)に起因する大気汚染が発生しており、深刻な社会問題となっている。この問題は数年前から存在していたが、2018年頃から深刻化しており、今年もまだ悪化している。世界の大気の質を測定するIQAirウェブサイトの大気汚染 (AQI) が高い都市のランキングによると、2024年4月9日時点でタイ北部のチェンマイ県が最も大気汚染が深刻であり、平均大気質指数(AQI)は 194 μg/m3となっている(粉塵が基準値を超え、健康に悪影響を与えるレベル)。チェンマイだけではなく、首都バンコクを含むタイ全国で大気汚染が大きな問題となっている。
PM2.5は、健康被害をもたらし、呼吸器への刺激、呼吸困難、咳、または呼吸器疾患の症状を引き起こすことがある。State of Global Air のレポートでは、2019 年にタイでは PM2.5 により 32,200 人 (人口10 万人あたり 33.1 人) が死亡したと報告している。2018年にPM2.5問題がより認識されるようになり、タイの天然資源・環境省公害管理局が大気質指数の計算に PM2.5 値を含め、PM2.5問題について取り組み始めた。
PM2.5の原因
例年、PM2.5は1月~3月に多く発生する。その原因は、「農地での野焼きや森林火災、自動車や工場などの排気ガスから発生する直接的なもの」と、「大気中のガスと汚染物質の組み合わせによって発生する間接的なもの」がある。タイの各地域における PM 2.5の原因は異なっているが、国全体の最大の発生源は、北部の農地での野焼きや森林火災だと考えられている。また首都であるバンコクでは、主に自動車からの排気ガスが原因になっている。さらに、 隣国からの流入も原因の一つである。
対策と動き
ここ数年、全省庁が協力し、長期的な問題解決対策や推進対策を進めている。例えば、野外での焼却を禁止するルールの導入や、工場からの排気ガスを厳しく検査し、基準を超える排出を防ぐ管理などを行っている。
・農業部門
主な原因である農業部門において、タイ国投資委員会(以下BOI)と農業・協同組合省の農地改革事務局(以下ALRO)が推進対策を進めている。 BOIは天然資源・環境省と協力し、 PM2. 5問題の持続的な削減と農家を支援するための推進策を実施している。この対策では、堰(水と堆積物を保持するために作られ、地面の水分を保持する砂防堰堤)の建設、森林火災の消火のための道具や設備の購入支援、森林火災の予防・制御に関する訓練などを実施すると農業団体が3年間の法人税免除を受けることができる。一方、ALROは農業資材(稲わら、稲株、トウモロコシの穂軸、草など)を野焼きしないように農家に対して厳しい罰則を科している。
・交通部門
排ガス基準の強化
自動車からの排気ガスが主な原因であるバンコクは、交通に関する対策が考案された。現在、タイでは欧州連合(EU)のユーロ排気ガス基準を適用している。ユーロ排ガス基準とは、欧州連合(EU)域内において環境に配慮する排出ガス規制である。2012年からユーロ4排ガス基準が適用されていたが、より良い環境を作るために、2024年の1月からユーロ5に基づく排出ガス規制が適用されることになった。ユーロ5の基準を満たすには、燃料をユーロ5の基準に変更することと、車両のエンジンや排気ガス処理システムをユーロ5の基準に改良する必要がある。公害監視局によると、ユーロ5規格燃料を使用することで、PM2.5を20~24%削減できるとしている。
車検の推進
エネルギー省が中心となり、トヨタ自動車やいすゞ自動車などの自動車メーカーと石油供給業者が協力して、定期的な自動車の点検、特に古い車に対するオイルフィルター・エアフィルターの交換、エンジンオイル交換などを推奨している。自動車メーカーは、無料点検や割引などを行っている。
なお、日本では新車登録から初回の検査が3年間で、以降は2年ごとに車検を受ける必要があるが、タイでは新車登録から7年以上の車両は毎年車検を受けることが法律で定められている。エネルギー省は、この取り組みを2020年から実施している。
電気自動車(EV)利用促進
EVの普及はPM2. 5の削減にもつながる。タイでは2021年からEV利用促進を実施しており、今年の1月から第2段階(2024年~2027年)に移行している。車両の種類とバッテリーサイズに応じてEVに補助金を支給する。例えば、価格が200万バーツ未満、バッテリー容量が50kWh以上のEVには初年度最大10万バーツの補助金を支給されるなどの支援が行われている。
・生産部門
生産部門でも、汚染処理システムに対する管理を強化している。2022年に工業省が工場からの大気汚染を監視するために省令を制定した。全国600以上の大規模工場に対して、煙突からの排気ガスを継続的に自動監視するシステム(以下CEMS)を設置する規制が施行されることになった。新規工場は運転を開始する前にCEMSの導入を完了する必要があり、旧工場は2024年6月9日までに設置を完了する必要がある。
なお、2018年の工業工場統計データによると、タイ全国の工場は、14万カ所あり、多い県トップ5は、バンコクが一番多く17,100カ所、バンコク近隣県のサムットプラカーン県が7,700カ所、東北部のナコンラチャシマ県7,500カ所、中部サムットサーコーン県6,500カ所、東部5,000カ所である。
大気浄化法の成立に向けて、解決対策を立てる・今後の傾向
これまで多くの部門が対策を取り組んできたが、長期対策の一環として今後、大気浄化法の成立が期待されている。大気浄化法は、これまでに何回か検討されていたが、2024年時点では成立していない。政府は2024年に再び大気浄化法を検討し始め、2024年1月に政党や市民組織から大気浄化法の案が提案された。
提案された大気浄化法案のなかには、焼畑農業によって作られた農作物の輸出入の禁止、公害管理費の徴収、汚染源の地理的デジタルデータベースの開発、大気汚染防止責任者・組織の成立などが含まれている。
タイの大気汚染問題は、様々な部門の協力と今後成立する大気浄化法によって解決されることが期待されている。
(2025年11月)
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